永遠を探してみたい、僕はそれを信じていたい

ちょっとわたしも疲れてしまったみたいなので

 

毒抜きをさせてください

 

本当に、ただのたわごとです

 

こんなブログ書かないに越したことは無いと思う

 

でもちょっと消化しきれなかった

 

 

わりと昔からのオタクには部類されると思いますが、記憶は薄れてきて

 

記憶を取り戻すようにいろんなことを思い出してみました

 

忘れていたことをたくさん思い出しました

 

交差点のバックに9人ついたと少年収のレポが流れてきたあの日

 

うれしくてうれしくてたまらなくて友達と泣いたあの日

 

いつ誰が辞めるのかとヒヤヒヤしていたあの日

 

グループがなくなるんじゃないかと思ったあの日

 

どの時代もいつだってトラジャが大好き

 

だから追いかけ続けてきた

 

 

グレーゾーンにはふれないで生きていこうと思っていました

 

でも記憶が薄れすぎて忘れていたこと、勘違いしてていたことをそれはよくないよと呟いてしまったことがありました

 

記憶を呼び起こして反省しました

 

 

当時同担だった友達は他に降りたり、オタクをやめていたり

 

トラ担の友達が少なかったので昔を一緒に思い出を共有できる人がわたしには少ないです

 

だから昔から応援している人たちが離れていってしまっている、疲れてしまっているというツイートが目に入って、わたしはただただ悲しかった

 

でも気づいた

 

わたしも疲れてきている

 

正直2012-17までの期間はいつ誰が辞めるか分からなくて、現場命だった

 

自分も学生だったから現場を優先したらグッズは買えなかった

 

スケジュールとお金とにらめっこして入れる現場には全部入った

 

だからなにも後悔はしてない

 

2018は担当ふわふわ期からやっと担当を定めて今のトラジャをやっと応援しはじめたからゆるゆる

 

グッズを沢山買ったりするようになったのは2019から

 

再生回数を気にするようになったのも

 

8.8で燃料投下されてもうあんな悔しい悲しい思いはしないぞと買えるものはたくさん買って、みれるものはみてがんばってます

 

本人たちも数字が大事って言うから、君たちの笑顔を見たいから頑張ってる

 

社会人になったのもあるけど

 

干されたくないからJr.大賞だって頑張った

 

ステフォだってびっくりする分厚さになるくらい買ってた

 

わたしの周りには同じように頑張っている友達がいた

 

だからここまで頑張れた

 

数字が大事なことなんて痛いほど知ってるし

 

だからなんでわたしが数字を頑張りたいと思えるのか、理由がわからないなーと思う方のきっかけになれればと思ってブログを書いた

 

ありがたいお言葉を沢山いただきました

 

批判に近いお言葉もいただきました

 

全員が同じ考えじゃないと思ってるから当たり前だと思います

 

だからわたしは自分の考えを「押し付け」たいわけではなく「共有」したかった

 

それを聞いてどう思うか、どうするかはその人しだい

 

がんばれないと思うなら無理して頑張る必要なんてない、

 

頑張れるならわたしはあなたと一緒に頑張りたいそれだけ

 

押し付けと捉えられるようなアカウントだったりもあるように感じたのでそこは誤解のないように伝えたいです

 

わたしだってこれを読んでくれてるあなただって人だから、不快な思いにさせたいわけではない

 

不快な思いなんてしないほうがいいに決まってる

 

頑張れる人、やろうと思える人がやればいいと思うし、やる人はやらない人になにか言っちゃいけないと思うし、その逆も然りだと思う

 

誰かに何かを強要する権利は誰にもない

 

でもやってない人がやってる人のモチベをさげることをするのも違う

 

わたしはそう思う

 

ことばって難しいけど

 

 

だから、なのかわからないけれど

 

わたしは今のトラジャ界隈がとても居心地悪いです

 

あれをやればダメと言われ、これをやればダメと言われ、こうしようと強要される

 

ルールを守らないものは排除されるのか?

 

数字が出せないものは排除されるのか?

 

タレントを好きになるのは趣味、ゆったりでいい

 

そう思う人がいたっていいじゃないか、自由だから

 

ひっそりと心のうちに秘めておこうと思ったけど、疲れてる人がたくさんいるなーと感じたし、わたしの中でも気持ちを抱えきれなくなってしまった

 

だからタグをこれにしようって決めようとする文化も好きじゃない

 

みんながいいと思って使って広まったらそれにのっかってトレンド入りのお手伝いをできればと思っていた

 

でも現状いろんな意見がある

 

それはそう、人間だから

 

あの人はこれを使おうと言い、この人はこれを使おうと言う

 

結果みんなが使うタグは割れて、Travis Japanやタレント個人名しかいつもトレンドに入らない

 

挙げ句の果てにはタグをめぐって争いに近いものが生まれる

 

だったら最初からベースのグループ名とタレント名でいいんじゃない?と思ってしまう

 

Travis Japanのみんなはオタクの争いを望んでいるだろうか

 

他グループ担はこれを見てどう思うだろうか

 

 

こうして言葉にしたって伝わる人には伝わるし、伝わらない人には一生伝わらない

 

わかり合うことがきっとできない

 

価値観はみんな違うというけれど、ある程度わかりあえる価値観を持つ人と全く分かり合えない価値観を持つ人がいるわけで、だから気が合う合わないがあると思う

 

正直言葉を選ばずに言えば、風紀委員が消えればいいと思っている

 

わたしは気が合わないから、そして気が合わない人が多いと感じるから

 

でもその人だってトラジャが好きだから、オタクをやめろという権利なんて持ち合わせていなくて

 

そっとみないようにして対処してきた

 

それでも悲しんでいる、疲れている人たちが目に入ってくる

 

ずっとトラジャを応援してきた人たちが疲れている、離れていっている

 

その現実が寂しすぎて、悲しすぎて

 

やっと、これからというときに苦楽を乗り越えて支えてきた人たちがどんどんいなくなってしまうなんて

 

これからもずっとトラジャを応援して、あの頃じゃ信じられなかったねって嬉し涙を流してほしいなとわたしは個人的に思う

 

担当が辞めても、トラジャを応援し続けている人がいる

 

それだけトラジャには魅力があるということで。

 

担歴が長いとマウントをとりたいわけではない

 

いなくなってほしくないと思う、ただそれだけ

 

誰を応援するかは個人の自由

 

だから引き止めることはできない

 

でも、好きならばいなくなってほしくない、そうそれだけ

 

そしてトラジャをこれから好きになってくれる人たちがオタク原因でやっぱやめようかなって思ってほしくない

 

だってタレントが好きなのはみんな一緒だから

 

好きな人のために気持ちをすり減らすなんて本来ならあってはならないはず

 

どうにかできないものかと思いつつ、折り合いをつけないといけない現実

 

頭がいい人が損する世の中なのだと、大学時代にかんじました

 

と、同時に自分もトラジャ担やめたいなぁなんて思ったりして

 

トラジャの応援はし続けたい、でもこの界隈にいたくない

 

全員ではないがオタクがいやだ

 

そんなことを頭の中でぐるぐるさせながら、トラジャのためにとやれることをやる日々

 

正解なんてない

 

でも、ここから抜け出すために正解がほしい

 

そんな気持ち

 

 

ヲタクは修行であるというブログを拝見しました

 

ただ好きなだけなのにこんなに精神すり減らして大変ですよねほんと

 

このまま精神修行繰り返してたら仏にでもなれるんじゃないかとすら思います

 

そんなにメンタルは強くないたちなので自分のメンタル修行だと思ってわたしは頑張ろうと思います

 

 

こんなことを書いても本当に伝わってほしい人にはきっと伝わらない

 

目にも入らないかもしれない

 

解決策をわたしが見つけられるわけでもない

 

だから、ただのたわごと

 

わたしもつかれてしまったけれど

 

一緒に頑張りましょう

 

わたしは頑張る人と一緒に頑張りたい

 

笑顔をみたい

 

トラジャを見たい

 

永遠を見つけたい

 

ただそれだけ

 

さて、明日はMステですね

 

夢を見てるのかと疑いまくっていますが

 

世間にトラジャが見つかりますように、